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三秋縋 『恋する寄生虫』 感想

〇雑感
三秋縋の最新作(来月には1年ぶりの新刊が出るようなので、今のところ)。これで著者の作品(一般販売していないものは除く)は全て読んだことになる。どうしても好き嫌いはあると思うが、これが総合的に見てもっともよくできているだろう。ようやく余計なクセが抜けていて、力の抜けた自然体の文章で書けており、過去作品よりもかなり読みやすくなった。

「やっぱりな。自分の痛みにはやたら敏感なくせに、他人の痛みにはとことん鈍い。あんたはそういうやつだ」


今回は重度の潔癖症持ちの社会人が主人公ということで、これまでの学生の屈折した人生を描いた作品とは少々状況が異なっている。主人公は潔癖症が原因で社会に馴染むことができず、今も会社を辞めたばかり。無職の状態で鬱屈しながらマルウェア作りに勤しんでいたら、その犯罪行為を暴いた男に脅迫されてしまう。脅迫による命令はある子どもと親密になるように、というもので、てっきりクソ生意気で気難しいガキなのだろうと思っていたら、その対象は年頃の女の子。気乗りしないまま彼女との親交を深めることになった主人公は、やがて彼女との間に秘められた因果を知ることになる……という展開になっている。

あるいは、死に方を探すための二十七年だったのかもしれない。生き方を選べないなら、せめて死に方くらいはじっくり選びたいと考えたのだ。


前作の主人公もそうだったが、主人公にはうまく社会に溶け込めないことについて、自分に対して正当化できるだけの理由が用意されている。前回は顔の痣によるコンプレックスで、今回は自分ではどうしようもできないほどの潔癖症。そこにリアリティがあるかどうかはさておき、彼が抱いている孤独感と絶望感は、現実に居場所がなく、常に居心地の悪さを感じながら窮屈に生きている人にとっては身近なものである。前半の人生への諦念に溢れる主人公の姿はある意味完璧で、憂鬱で憂鬱で仕方ない人生を送っている人であれば、少なからず共感してしまうのではないか。少なくとも、過去作の主人公に散見されたような自意識過剰な独白はあまりないし、舞台装置として問題なく機能しているように思う。

対して、主人公が相手をすることになった少女は、同じく人づきあいが苦手で、現在絶賛不登校の虫が大好きという一風変わった女の子だった。読み始めは、なぜに虫……?という感じもあったが、彼女から語られる蘊蓄はほどよく新鮮味もあって興味深いものも多かったし、実は作中の設定にも関わる重要要素でもある。

「高坂さんは、私のことをよく知らないからそんなことを言えるんだよ」
「そうかもしれない。でも、自分が一番自分のことを知っていると思ったら、それも間違いだよ。本人だからこそ見逃している部分もある。ときには、他人の目から見えているもののほうが真実に近いこともあるかもしれない」
「……そうだね。そうだったらいいね」


あからさまに彼らの関係が幻影のようなものだと仄めかす文章もありながら、彼と彼女の関係はおおむね幸せそうであり、多少共依存の様相は見せながらも、お互いにお互いを必要とする、理想的な関係性を築きあげていく。

幸福は、反響する。


もしかして今作はこのままの雰囲気で終わっていくのか?と思わせる穏やかな展開が続くが、中盤以降は衝撃の事実が明かされ、いきなり作品の傾向が180度変わっていく。確かに伏線は張られていたが、ここまで壮大な話になるとは思っていなかった。ここからが好みの分かれるところで、私はどちらかといえば否定的である。というのも、設定に頼ってお話を動かしすぎだからである。

その驚愕の事実とは、主人公と少女は新型の寄生虫に感染していて、その寄生虫が脳内に出す信号が二人を結び付けているに過ぎない、というもの。まさか運命の出会いと思っていたものが、体内の寄生虫が生み出した幻想の感覚にすぎない、という方向に持っていかれるとは思っていなかった。寄生虫が人間の行動を操り、自分たちの望むままに意思を動かしている、という偏執的発想は一周して斬新。下手をすれば子どもが考えるレベルの陰謀論である。そしてここに、寄生虫は寄生者の苦悩を栄養源として活動するという最大のオチがついてくる。この寄生虫は、通常の人間には免疫にはじかれて寄生すらできず、精神的に深く憔悴している人間に出会えてこそ、初めて寄生できる。つまり、この作品に登場する感染者たちは、全てこの世に絶望している自殺志願者であり、本来なら既に死んでいるはずの人間たちなのである。

物語の終わりで、この事実を知らぬまま寄生虫を殺す薬品を飲んでしまった感染者たちは、そのことごとくが自殺してしまう。だが、彼らはたとえ虫下しを飲まなかったとしても救いがない。感染者は、自分と同じ感染者にのみ親近感を持ち、そのパートナーといることで自らの精神障害が緩和される。ここまではよい。だが、いざお互いに結ばれてしまえば、彼らは幸せになり、虫に対する栄養源を供給できなくなるため、いずれ彼らの自殺願望は復活し、やはり死ぬ。一切救いがない。自分が好きになった人が、本当に運命の相手だと言えるのか、ということへの証明としてはあまりにも残酷すぎる設定である。

ただ、設定に粗がないこともなく、細かいところで納得がいかない部分もある。というのも、作中で登場した医者は、なぜ寄生虫に感染できたのか、というところである。彼は自分の仕事に熱心で、職業意識も高く持ち合わせていたようであり、その状況で寄生虫に感染するというのは多少矛盾しているような気がするのだ。もちろん、誰にも悟られないように隠した状態で鬱病を患っていて、元々自殺願望を押さえながら生きていた、ということもあるのかもしれないが、そこまでいくとあまりにもご都合主義にすぎる。また、一つ気になるのは、寄生虫が体内からいなくなってしまったら、感染者たちは即自殺したくなるほどに、世界に絶望しているのか、ということである。たとえ寄生虫がいなくなっても、お互いを求める心が消えるとは限らないのではないか。自分を理解している他者が存在しているということは、生きる理由にはならないのか。彼らには衝動的に自殺を試みる因子がある、というところまでいくと設定を作りすぎで、設定で物語を作っている感じがあり、好みから外れてしまうのだが、その辺をどう考えていたのかどうかは気になるところではある。

総括すると、その理由は正当化するに足るものなのか、その出会いは本当に運命的なものだったのか、という反証を欠かさず行った作品。後半はちょっと設定に頼りすぎなきらいがあるが、序盤から中盤にかけての展開はとてもよかったし、あの方向性のままいった場合、どういう着地点になっていたのかが気になるところ。次回以降の作品では、もう少しだけ現実よりのお話づくりをしてもらえると嬉しいが、どうだろう。結末は救いがないように見えるが、身体的にどうしようもない病気というわけではないのだから、もしかしたら彼らの関係は続くのかもしれない、という想像の余地が残っている分、まだ優しいのかもしれない。

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漫画、ラノベ、ゲームなどのネタバレ感想記事を書いています。ネタがあるときはコラムみたいなものも書きます。あとアマゾンアソシエイトに参加してます。以下定型文。「このブログはAmazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイトプログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」

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