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岩永亮太郎 『Pumpkin Scissors』 21巻 感想

〇雑感
このパンプキンシザーズは、個人的にはこれまでに読んだ漫画のトップ10に入る。この巻では、これまで20冊に渡り、執拗なまでに積み上げ続けてきた論理的な「公平」「公正」という価値観の終着点が描かれている。アリスの「私が正義だ」というセリフに込められた覚悟の凄烈さは凄まじく、その気迫には思わず息を呑む。誰にも等しく接しようとする求道心が体現する生き方はあまりにも過酷であり、捉えようによっては悲惨ですらある。

全篇通して動的なシーンが少なく、一冊ほとんどがテロリストと一個の軍人との対話シーンで完成されていて、最早漫画というより思想書の類といったほうがよいのかもしれないが、しかし物語の終わりに関してはまごうことなき「漫画」の手法によって締められている。最後の場違いな感じすらある告白シーンのノリが、作品の雰囲気を損ねていると感じる人もいるかもしれないが、私はこれがあったからこそこの作品は漫画なのだと思えたので、あれでよかったと思う。それに、あれは登場人物(シャウラたち含め)が世界の1パーツなどではなく、皆が一個の人であるということを意義付けるために必要なシーンでもあった。

シリーズ全体を通してみても、この巻でこれまでの伏線のほとんどが回収されたと思ってよいのではないか。改めて一巻から読み返してみると、まず一番最初に「世界」の話から始まっていて、そこからランデルを通して命令を受けて実行したものの責任感と戦争犯罪人としての罪悪感を、アリスを通して統べるものの公平さと公正さの重要さ、正義を名乗ることの傲慢さと名乗らないことの卑怯さを描写し続けている。どれくらいのことを考えて物語を描き始めたのかはわからないが、10年以上続いている作品であるにも関わらず、ここまで作品の方向性をぶらさずに続けられた信念を素直に称賛したい。

またその一方で、極端な判断に寄りすぎることへの危険性も説かれているあたり、きちんとバランスが取られていて素晴らしい。私は15巻の書き下ろしエピソードがしょうもなさも含めてかなり好きなのだが、あの「酒は飲んでも呑まれるな」というエピソードがここにきて強く活きているように思う。ここまできてしまうと、完全にフラットな観点で物語を読むのは容易ではないが、極端な思想のどちらかに肩入れすることの危険性については前もって警鐘が慣らされており、そのおかげもあって、アリスの生き方や主張が絶対的に正しいというわけではないし、またテロリストたちの行動が何もかも否定されるものというわけでもない、という見方ができた。

作中の台詞には全て意味があって、どれもこれも重く鋭いものばかりなのだが、特に印象に残ったのは冒頭のアリスの宣誓とも言える宣言と、人は皆偏見を行いながら生きている、と語るシーンである。これは、社会人ならば少なからず効く言葉なのではないか。私の場合、特に仕事に関して言えることだが、常に誰にとっても正しい判断なんてものはなく、考えれば考えるほどに、自分が正しいなんてことはとてもじゃないが言えなくなっていく。私は経験的に、比較的にそうしたほうが良い結果を生む可能性が高いから、という判断を元にその選択肢を取っているだけで、それが間違っていないかどうかなんてことは誰にもわからない。結果に対する責任感を持つということとはまた別な部分で、自分の出した結論はどこか間違っているかもしれない、と思いながら業務を遂行している。自分の判断は経験則から導かれているに過ぎず、経験次第で判断が変わる、という不安定なものでしかないものである。だからこそ、人はよりよい偏見をするために努力をしなければならないのだ、と包み隠さずに言ってくれたのは、胸のつかえが取れる気分だった。

まだ続きを書いてくれるならいつまでも読み続けるつもりだが、あと数冊で終わってくれてもよい。そう思えるくらい、完成度の高い一冊だった。

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