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宮城谷昌光 『奇貨居くべし』 感想

〇雑感
漫画『キングダム』前半の大きな壁として描かれた「呂不韋」の一生を描いた作品。呂不韋については『キングダム』のイメージが強すぎて、ちゃんとフラットな視点で読めるかどうか不安だったが、例によって途中からは呂不韋の人生に没頭していて、きちんと一個の物語として読むことができたので一安心。あの呂不韋とこの呂不韋は、ほとんど別人だと言ってもいいだろう。

まず、この作品の呂不韋は、強い情熱と志とがあり、無辜の民の苦難を憂い、彼らのために何かをなさんとする義侠心に溢れた聖人君子のような人物であり、『キングダム』で描かれた悪役像とは天と地ほどの差がある。逆に始皇帝については、慈悲のない非情かつ狭量な人物になっていて、とてもじゃないが威徳ある王様としては描かれていない。この扱いの差には、多少なりとも作者の好悪の念が影響していると思う。ただ、歴史上の始皇帝は本来そういう人物であり、どちらかといえば『キングダム』が新しい解釈をしているとみるべきだろう。私は事前にその認識があったので、すんなり入ることができたが、『キングダム』を読んで興味を持った人には注意が必要である。

せっかくだから『キングダム』と絡ませながら書くと、前半から中盤までの部分では、呂不韋の少年期から青年期まで、商人として大成するまでの流れをかなり丁寧に描いている。序盤には、「完璧」の故事で有名な「和氏の璧」の藺相如も登場し、そこには春申君や呂不韋が関わっていた、というかなり大胆なエピソードが盛り込まれている。この辺りは『キングダム』では全く描かれていないお話であり、ここにきてようやく中華の歴史小説を読み始めた本来の目的が達成できた感があった。呂不韋の流浪の旅は読みごたえも抜群で、小説として面白いというのもまたよい。『孟嘗君』や『太公望』もそうだったが、旅の描写をさせたら右に出る人はいないと思う。また、今作では没年に近い孟嘗君も登場し、しかも『孟嘗君』では直接描かれなかったその最後が描かれている。そこまで紙幅が割かれているわけではないが、『孟嘗君』『楽毅』の後日談としての側面もある。

中盤以降はまさしく『キングダム』が始まるところまで繋がっていて、いかにして呂不韋は丞相になったのかということや、時の政治家たちとどのような関わりを持っていたのか、ということが描かれている。ここまでくると『キングダム』の有名キャラクターもぽつぽつと出てきて、廉頗や白起、蒙驁、蔡沢といった人物も物語に絡んでくるようになる。この作品では、蒙驁を取り立てたのが呂不韋だった、という流れになっていたりして、また面白い。

終盤は『キングダム』と重なってくるところも多いが、ここも全く違う見せられ方をしてくるのが非常に面白かった。特に『キングダム』では最大の見せ場であった「函谷関の戦い」が非常にあっさり終わっているところが興味深い。同じ史料を使っていて、ここまで解釈に差が出るのか、と思う。また、始皇帝と呂不韋の権力闘争についてもかなりあっさり終わってしまうので、ここのところは単純に物足りなかった。

作中で特に面白かったのは、司馬遷が「史記」に嫪毐と太后、そして呂不韋の不義・密会の風聞を取り入れた理由に対する考察で、そこには腐刑を受けた司馬遷の個人的背景が大いに関係するのではないか、ということが短く書かれていた部分。呂不韋が好感の持てる人物と描かれるほどに、「史記」に記載された晩年の醜聞についてはどのように処理するつもりなのだろうか、とずっと疑問に思っていたが、それは事実ではなかったのではないか、とする流れはこの作品ではむしろ自然だった。もちろん、このことは感情的推察にすぎず、特に明確な根拠はない。また、呂不韋が本作のような聖人君子のような政治家であったかどうかもわからない。が、歴史書として取り扱われている「史記」は、あくまで一つの書物に過ぎないという気づきを与えてくれるよい指摘だった。実際、中華の歴史を知れば知るほど、讒言の存在は切っても切り離せないということがわかってくるので、偉人であったことからこそ流言がばらまかれてしまった、という可能性も多いにあるように思えた。

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