白鳥士郎 『りゅうおうのおしごと!』 感想(1) 1~3巻まで

〇前書き
16歳(中卒)にして竜王になったはいいものの、その後の成績不振に苦しみ、スランプ期間に入っている主人公「九頭竜八一」と、そんな彼のもとに押しかけてきた一流旅館の一人娘にして小学三年生の女の子「雛鶴あい」が出会い、初心に立ち返りながら泥臭い情熱を取り戻していく、というお話(最初は)。これまでの著者の作品同様に、コメディテイストが強めではあり、ちょっと脚色されすぎなところがあるので、アクの強い作品が苦手な人は肌に合わないかもしれませんが、さらっと流せる人であれば特に問題ないと思います。ギャグパートは作品の本質ではなく、あくまでも味付けの一部です。


〇『のうりん』について
最初に書いておきますと、私は一度著者の作品を追うのをやめています。著者の作品は『のうりん』から後追いで全部読んでいて、この『りゅうおうのおしごと』も2巻まで読んでましたが、最後に読んだ『のうりん』の内容があまりにも酷過ぎたのと、また新シリーズと知名度の高い旧シリーズを天秤にかけて保身を図っている著者の不誠実さに腹が立ったので、全ての本を手放してしまいました。あえて毛色の違う二つの作品を平行刊行することで反証と主張を行う、という狙いがあるのならとにかく、『のうりん』の内容は全く惰性に身を任せた書きぶりだったと記憶しています。『のうりん』そのものが嫌いだったわけではありませんが、この調子だとこの先著者の描く物語に期待することはできなさそうだ、ということで見限ってしまいました。

で、じゃあなんでわざわざ読み直したのかというと、最年少プロの誕生で将棋界隈が活気づいてきたから、というわけではなくて、単純に私が読むのをやめた2巻以降の評価が軒並み高かったのが気になったからです。しかも、多くの人が熱のこもった感想を挙げているのが殊更に興味を引きました。

結論から言えば、もう一度読み直して本当によかったと思っています。一度読むのをやめてしまった作者の本には、二度と手を出していないことが多いのですが、著者はその中での数少ない例外になりました。実のところ、この『りゅうおうのおしごと!』を読み直したことは、私が今更ながらにブログを復活させたきっかけの一つでもあります。


〇1~2巻までの感想
当時読んだときは、よくできたキャラ小説、くらいの印象しかありませんでした。もちろん、キャラクターは可愛いし魅力的だし、ストーリーにもメリハリがあるし、読んでて十分に面白かったのですが、前段で書いたネガティブな所感を覆すほどまでのものではありませんでした。『のうりん』の存在がなく、『りゅうおうのおしごと!』しか書いてなかったら、迷うことなく読み続けてたと思います。

ストーリーとしては、冒頭に書いたとおり、あいが八一の弟子になるまでの話が1巻で、2巻はあいのライバルとして同じ小学生の「天衣(あい)」が登場してレギュラー入りするまでとなっています。読んだ当時はそこまで感じ入るものがなかったのですが、後になって読み直すと、天衣に負けた後で吐露されたあいの心情は、今後の方針を位置づける重要なセリフだったと思います。「わたしは……わたしに負けたんだっ……!」というセリフとともに描かれる独白は、今後もこの作品に重くのしかかってきます。

詰みがあったということは、相手が強かったから負けたわけじゃない。
自分が弱かったから負けたのだ。

なぜならば、将棋を指し続けるという事は、負け続けるという事だから。
無敗の棋士などいない。傷つかない者などいない。




〇3巻の感想

二十才のわたしへ。
わたしの夢は、かないましたか?

3巻は、1・2巻とは毛色が違います。ここまで描かれてきたのは輝かしい才能とその将来に対する色鮮やかな期待でしたが、この巻で描いているのは、否応なく可視化される相対的な才能の残酷さと、現実に対する失望と挫折についてです。あいや天衣や八一が華やかな脚光を浴びて輝く一方で、暗闇の中でもがき苦しむ人たちもいる。つまり、勝負物である以上避けられない敗者の存在について書いています。

物語の基本筋は八一視点で進んでいきますが、この巻の主役は疑いようなく桂香です。桂香は八一の師匠の娘であり、八一にとっては家族同然に育った憧れの存在でありながら、将棋の世界では妹弟子にあたる、という複雑な立ち位置にある女性です。桂香は本格的に将棋のプロ(正確には女流棋士ですが)を目指し始めたのが遅く、他の主要キャラと比べても棋力が劣るという明確な欠点があります。自分より年下の才能溢れる子どもたちが当然のように昇格していくなか、彼女は低位で足踏みし続けていて、ついには昇格どころか降格すら危ぶまれる状況に陥ってしまう。プロになれるタイムリミットも徐々に近づいてきており、彼女は小学生あいの才能にすら嫉妬しながら、自身の才能のなさを呪います。いったい何がダメだったのか、いったい何をすればよかったのか、何が正解なのかなんてもわからないまま。将棋をやめればこの苦しみから抜け出せるのに、きれいさっぱり将棋を諦めることもできない。女流プロのトップ棋士でもあり、八一と同様、同じく家族同然に育ってきた銀子からの辛辣な評価は胸に突き刺さります。

「自分でもわかってるでしょ?桂香さんの将棋には芯がない。定石や流行を表面的になぞるだけの、中身のない将棋。自分で考えず他人の意見を丸暗記するだけだから、定石から一手でも外れると何もできない。だから全然こわくないし、積み上げたものがないから強くもならない。知識はないけど伸び伸び差してた二十歳くらいの頃の方が強かった」


果たして、作者は何を思ってこの文章を書いたのでしょうか。この文章を読んだとき、私は「それを自分で言うのか」と呆れとともに驚きました。これは中身のない一貫性のない『のうりん』を書いていた著者に対する評価と極めて類似していたからです。著者の立場になってみれば、痛烈な自己批判になります。正直なところ、八一が銭湯で将棋を指しているシーンは漫然と読んでいたのですが、この一節を読んでからは一気に引き込まれました。著者は『りゅうおうのおしごと!』の中で何を書こうとしているのか、と。

どうしてこうなってしまったんだろう?
汚れてしまった我が身を振り返り、夢と現実のあまりの乖離に、私は苦笑すら浮かべていた。
こんな自分になりたいなんて夢見たことは、一度だってありはしないのに。


冒頭の「二十才のわたしへ」の文章は、桂香によるものです。思うに、子どもの頃に夢見ていた明るい未来にたどり着けなかったこと、思い描く理想と現実のギャップに苦しむ体験というのは、世代や性別に関わらず、普遍的なものなのではないでしょうか。挫折や未練や後悔が一切ない人なんて、まずいません。私は一般的な社会人で、研究職みたいな仕事をしているわけではないので、他人の才能に苦しむことはあまりないのですが、それでも毎日のように自分の無力さに失望しています。なんでこんなこともできないのか、なんであんなミスをするのか、自分はどうするべきだったのか、と。

桂香は最後に自分が女流棋士を志した原点を思い出し、最大限の努力をしたうえで、ある種の清々しさとともにあいに敗北してしまいます。著者にとって、桂香は自分の思想や価値観を投影した分身で、逆にあいには後発の新人作者を重ねていたのでしょうが、自分が凡人であること、後輩に自分よりも才能豊かな優れた人物がたくさんいることを認めたうえで、それでも将棋を指すことが好きで、将棋を指すことがやめられない、という結びは普通だったらなかなか書けない展開なんじゃないでしょうか。登場人物に自分を投影して無双させるなんてことは、ラノベに限らず漫画でもやってしまいがちだと思いますが、自分を投影したキャラに苦難を与える、というのはあまり見られない。物語としての完成度が高いのは5巻の方かもしれませんが、個人的には3巻の展開が一番胸にきました。


〇3巻のあとがきについて
最後に、あとがきに書かれている告白については、読者の立場によって賛否両論があると思います。個人的に、あれはこれまで支えてきてくれた読者層に対する冒涜なんじゃないかと思います。私はいったん著者を見限った後で読み直したので、ですよねーで済むかもしれませんが、『のうりん』や過去作品を心の底から好きだと思っている人があれを見たら、いったいどう思うのでしょうか。決して愉快な気持ちにはならないんじゃないでしょうか。

プロになってもう何年にもなりますが、振り返ってみれば、何となく「こういうのが受けそうだな」と思って書いたことはあっても、「これが書きたい!」と思って書いたことはなかったような気がします。

この作品は、「これが書きたい!」と心の底から思って書いた作品です。

小手先のテクニックではなく、剝き出しの魂をぶつけることで、読む人の心を揺らしたい。私はこれからも、そうやってこの物語を書いていくつもりです。


書きたいと思っていない作品をただ必要だから書く、ということへの苦痛はお察ししますが、しかしわざわざそれを読者に言うべきではないのでしょうか。著者としてはきちんと宣言しておかなければフェアじゃないと思ったのかもしれませんし、批判覚悟で書いたのかもしれませんが、なんでも明け透けに打ち明ければよいというものでもないでしょう。

ともあれ、3巻はそういった著者の心境を踏まえたうえで書かれた本だと認識しており、ここから再出発するという意気込みが織り込まれた決意表明の一冊だと思っております。これから先書きたいものを書いていく、というのであればもう少し読み続けてみよう、と思ったのは確かです。この作品が将棋のことではなく、人生そのものを書いている本だと思うのはこのあとがきがあるからです。作者が折れたりぶれたりすることなく、情熱を持って書き続けられるのかどうか。これは、物書きにとっては、売れる物語を描き続けることよりもずっと困難なことだと思います。自分より高位にある才能を描くことは、自分への劣等感と向き合い続けることでもあり、著者にとっても苦しみの多い道のりのはずです。それでもその道を歩み続けるというのであれば、私も応援し続けたいと思います。


〇4巻以降の感想について
もう最新刊まで読み終わっているのですが、ここまでの感想で十分長くなってしまったうえ、5巻の感想がまた長くなりそうなので、いったんここまでにします。今週中には続きをアップしたいところです。


〇アマゾンへのリンク
  
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

SAIN455

Author:SAIN455
漫画、ラノベ、ゲームなどのネタバレ感想記事を書いています。ネタがあるときはコラムみたいなものも書きます。あとアマゾンアソシエイトに参加してます。以下定型文。「このブログはAmazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイトプログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム