FC2ブログ

言の葉の庭 感想

 新海誠監督の最新作 言の葉の庭の感想です。以降の文章は表題作を視聴済みの方向けに書かれた内容となります。上映されたたばかりの作品ですので、未視聴の方はご注意を。あと、新海誠監督の既作品のネタバレも含まれていますので、合わせてご注意をお願いします。


 概要。今作は、瑞々しいまでの緑と柔らかく降り注ぐ雨が、癒し包み込むような自然を感じさせるアニメーション作品です。前作『星を追う子ども』の評価を踏まえた上での判断なのかどうかはわかりませんが、今回は現実世界だけが舞台となります。上映時間は46分と短め、登場人物も主要人物は主人公とヒロインの二人だけであり、作品としてのボリュームはかなりこじんまりとしています。

 以下ネタバレ。今作における作品上の主人公は孝雄だと思いますが、私はどちらかといえば雪野の立場で物語を眺めていました。孝雄視点で眺めたこの作品は、「靴職人を目指す少年・孝雄が、公園で朝っぱらからチョコをつまみにビールを飲んでいる変な女と出会い、交流を重ねていく」というストーリーですが、雪野視点で眺めてみると趣が異なり、「道に歩き疲れて傷心の教師・雪野が、自分のことを知らない生徒との会話を重ねることで癒されていき、再び立ち上がり歩き出す」というストーリーになります。(もっと大局的に見ると、ある雨の日、少年と女性が出会い、お互いのことを知らないままに、少しずつ惹かれていく、というストーリーになるかと思いますが、私はそこまで俯瞰的に物語を眺められませんでした。)

 雪野は、大して孝雄との交流を重ねていない段階で「人間なんてみんなどこかおかしい」と嘯きます。序盤で吐かれた、いかにも思わせぶりなこの台詞は観ていてかなり引っかかりました。物語が進むと、彼女が抱えていたもの――生徒から手酷い嫌がらせを受けて休職中であるという事実がわかります。そして、それが原因で味覚障害になり、ビールとチョコ以外、味が感じられなくなっていたことも。それらを踏まえてみると、恐らくこの台詞は、自分を迫害した女生徒、守ろうとしなかった学校の同僚、そしてそれに同調したのであろう元彼氏にも向けられています。彼女の飄々とした外面からはあまり感じ取れないことではありますが、彼女は視聴者が予想している以上に、世界を呪っていたし、恨んでいたのではないでしょうか。「27歳の私は、15歳の頃から全く成長していない」と独白していたのは、社会において無力な自分を蔑んでのことでしょうが、周囲の人間の不理解への失望も含まれていたのではないかと思われます。

 雪野は、そこに現れた純朴そうで未来に溢れる少年を見て、何を思ったのでしょうか。雪野は、孝雄の制服姿を見て、すぐに自分の学校の生徒だと気づきました。その時、雪野は自分に気づいてほしいと思ったのか、それとも気づかないでほしいと思ったのか。詩を残したりして、それとなく仄めかしていたところからすると、きっと前者だったのでしょうが、いずれにせよ孝雄は最後までその事実に気づかなかった。彼は、ただ自分の世界に没頭していて、靴のことだけに夢中だったからです。雪野は孝雄に高価な靴の本を贈ったりしましたが、そんな彼の姿を見て、いったいどんな風に思っていたのでしょうか。

 最後のシーンで、雪野は孝雄と会話することで「救われていた」と告白しました。私はそれが真実だと思いたいし、実際そうなのだとも思います。しかし、雪野は最後にそう気づいただけで、途中までは孝雄のことを単なるリハビリ相手……歩く準備をするための道具としか見ていなかったのではないか、と思っています。梅雨の季節が終わり、孝雄と会えなくなっても、雪野はそれほど気にしていなかったように感じました。孝雄はどうしているだろう、くらいは思っていたでしょうが、今後会えないならそれでもいい、とも思っていたのではないでしょうか。

 雪野は、現実の自分と周囲の冷たさに失望しながらも、このままではいけないと歩き始めたところで、孝雄と出会った。そのうえで、彼女は彼との取り留めのないやりとりに救われて、確かに歩き出した。そして彼女は、新天地でまた教鞭を執り、物語の終わりでも歩き続けている。孝雄は孝雄で、雪野に渡せなかった靴を胸に、彼女に会いに行くと心に決めている。最後のシーンで手紙が写されて、また行き違いが起こるのでは……と正直ドキっとしましたが、孝雄はたとえ手紙のやり取りがなくなっても、靴を渡しに行くのだから大丈夫。あれは、そう思わせるためのシーンだと思います。だからきっと、一度はそうなるのでしょう。この物語では。



 結局何が言いたいのかというと、私にはこの物語を普遍的な出来事だと感じることが出来ず、そしてこの作品は秒速5センチメートルから与えられたリアリティを上回ることが出来なかった、ということです。私はこの物語が秒速5センチメートルの先を描いた作品である、と感じていました。前々作である秒速5センチメートルは、貴樹が失意の中に沈みながらも最後には立ち上がり、また歩き出そうとするところまでを描いた話です。あれから先、貴樹には無限の可能性があり、歩み方次第ではどんな人生だって生きられるだろうし、新たな出会いも無数にあるはず。だからあのエンディングは、希望と可能性に満ち溢れたもの、だったはずなのですが、しかしながら私みたいな疑心暗鬼に囚われた小心者は、貴樹は本当に幸福になれるのだろうか、一生過去に囚われたままなのではないだろうか、という不安が拭えませんでした。だから私は、貴樹があの先ずっと歩き続けられるという保証がほしかった。どんなに辛い過去があってもやがて人は大丈夫になれる、と信じられるに足る保証が。

 雪野の立ち位置は、貴樹と同じようでいて微妙に異なります。なぜなら、彼女は既に挫折を経験し、その上で再び歩き出そうとしているところだからです。雪野のスタートラインは、貴樹のラストシーンと似ています。二人の歩んできた人生は、当然細部は違いますが、ところどころがダブっており、それであれば、雪野の未来は貴樹の未来となりうるかもしれない、つまり雪野が幸せになれるのなら貴樹だって幸せになれるかもしれない、などと思ったわけです。

 で、今作がその不安を取り除くことができたのかといえば、残念ながらNOでした。雪野と孝雄の関係が、貴樹と明里の関係を上回るほど深い絆で結ばれたもので、今後も二人は幸せの中を歩いていける、とは思えませんでした。それどころか、長い道程の途中で雨が降ってきて、雨宿りするために休憩している時に出会っただけの関係、のように感じました。彼らが一緒にいた時間は短く、しかもあれから先、二人はまた違う道を歩いていくわけです。年齢も違う。職種も違う。住んでいる場所も違う。そんな二人が、これから先ずっと交流を持ち続け、ずっと深い仲でいられると信じられるほど、私は強くありません。むしろ、自然消滅して、貴樹と明里の二の舞になるのでは……という不安を与えただけでした。

 言の葉の庭は、作品単位で捉えればよく出来ているのだと思います。演出も、映像技術的なところも。しかし、個人的な感想はまた別です。あの短い時間の語り合いで、二人が惹かれ合って、本音をぶつけ合い、そして再会を決意して終わる、という展開それ自体は美しいと思います。ただ、私の観終わった感想は、「でもそれって現実でも本当にそうなるの?」でした。秒速5センチメートルではあれほどに感じられたリアリティが感じられなかった。これはあくまで綺麗な「お話」で、現実には起こりえないのだとすれば、いくら見事に纏まっているストーリーであろうとも、空虚なものを感じてなりません。

 また、主要なシーン以外は描写されず、気になることがきちんと説明されない物足りなさがあります。もちろん、この作品で重要だったのは「よくわからないままの状況」そのものだった、というのはわかります。よくわからないままに知り合い、(雪野は気づきましたが)お互いのことをよくわからないままに語り合い、そしてお互いの本質だけに惹かれあっていく、という展開には希望がありますし、だからそれが間違いというわけではないのですが、ただ私はお互いが惹かれあう過程がきっちり描かれた作品の方が好みので、どうしても物足りなさがありました。



 秒速5センチメートルを観ているかいないかで感想が異なりそうな作品です。実際、この物語だけを見るとストーリーが大人しすぎて、刺激を求める人には物足りないかもしれません。ファンタジー設定があるわけでも、衝撃的な裏設定があるわけでも、驚愕させられるトリックがあるわけでもありませんので。ただ、日常の1シーンを細切れにして断片をつなぎ合わせる手法は変わらず素晴らしかったですし、映像自体は芸術的といっていいほど美しいものでした。これまでの新海誠作品と同様に、独特な光彩は何度見ても美しく、心が洗われます。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

SAIN455

Author:SAIN455
漫画、ラノベ、ゲームなどのネタバレ感想記事を書いています。ネタがあるときはコラムみたいなものも書きます。あとアマゾンアソシエイトに参加してます。以下定型文。「このブログはAmazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイトプログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム