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ファタモルガーナの館 感想

 ノベルゲーム ファタモルガーナの館の感想です。製作はNovectacle。

 今作はどちらかといえば余計な事前知識なしで読んだほうが面白い作品であり、ネタバレすると少なからず面白さを欠いてしまうタイプの作品だと思いますので、面白いならとりあえずやってみようと思った方は、以下の拙文を読まずにまずはやってみて頂ければと思います。私もそうでしたが、「なんか評価高いな、ちょっとやってみるか」くらいの心持でプレイするのが一番理想的でしょう。

 とは言うものの、これだけたくさんの作品が氾濫している昨今、ただ「面白いから読んでみて」と勧められただけではなかなか興味を引けるものではないと思うので、この作品を読むにあたって向いていそうな人を挙げつつ、ざっくりとした内容を紹介してみます。というわけで、以下の文章には本編のネタバレを多分に含みます。重大なネタバレ部分は反転させてますが、一読される際にはご注意を。いちおう、後半までは可能な限り重いネタバレが含まれないように注意したつもりです。
 まずこの作品に向いていそうな人ですが、登場人物に感情移入して読むタイプの人(対象は主体・客体のどちらでもよいでしょう)、狭く閉ざされた世界観でも気にならず没頭できるタイプの人(逆にデカい世界観・どんどん風呂敷を広げていく作品を好む人にはあまり向かないかと)、読者の想像や解釈に任せる抽象的テーマよりも作者の主張(≒作品テーマ)を真っ向から受け取めるのが好きなタイプの人、細かく張られた伏線がきっちり回収されていくカタルシスを味わうのが好きな人、が向いているかと。いずれも該当する必要はないので、どれか一つでも当てはまるならOK。パッケージにおけるキャッチーさが弱くても、根っこの部分がしっかりと固まっていれば楽しめる人に向いている、といったらどうでしょう。抽象的過ぎてわかりにくいか。

 ストーリーはサスペンス調の展開であり、一部非現実的な設定もありますが、基本的には現実に準拠しているので、ファンタジー作品・バトル展開・ヒロインとのいちゃらぶ展開だけを求める人にはあまり向かないでしょう。フィクション、ギャルゲ・エロゲに考える要素なんて不要、という人も積極的に楽しめないかもしれない。特にフィクションで重苦しい話を読んで何が楽しいの?というタイプの人にはオススメしにくい。総合的に言えば「作品からダメージを受けるのが好きではない人」、どちらかといえば「頭を空っぽにしてストーリーやキャラだけを楽しみたい人」には向いていないかと。ついでに書くと、絵がリアルドールのような、ともすれば不気味さを感じる、2次元というよりも2.5次元みたいなリアル寄りのイラストなので、萌え重視の人も受け付けにくいかもしれない。私はこういう色調も好きなので、特に気になりませんでしたし、むしろ途中からはこの個性的なイラストに深い愛着を感じましたが、エロゲ界隈にはキャッチーな絵だけを求めて購入するプレイヤーも多いわけで、ここも一つの壁になりそうです。

 シナリオはきっちりと作りこまれており、選択肢次第でバッドエンドに分岐することもありますが、基本的に結末は一つだけ。なので、遊びの部分は少なめとなっています。念のためプレイ時間は伏せますが、かなりボリューミーでありながらも、中だるみを感じるようなパートはありませんでした。テーマも直球に作ってあります。プレイヤーの受け止め方次第ですが、読み違えるようなことはまずないかと。これは逆に言ってしまうと、それ故に想像の余地が少ない作品であるとも言えますので、行間を読むのが好きなタイプの人の好みからは外れているかも。



 前置きが終わったところで、ストーリー紹介へ。まずはHPの抜粋を。

「あなた」は気づけば、古ぼけた屋敷にいた。
目の前には、「あなた」を旦那さまと慕う、翡翠の目をした女中がいる。
しかし「あなた」には記憶がなく、自分が何者なのか分からない。
生きているのかさえも。
そんな「あなた」に、女中は屋敷で起きた数々の悲劇を見せるという。

最初の扉は1603年。
豊かな薔薇咲き誇る、美しい時代に、仲睦まじいローズ兄妹がいた。
彼らには一切の不安も、不幸の陰りもないように見えたのだが……。

二番目の扉は1707年。
その時代、屋敷は荒廃していた。その屋敷に住み着いた獣は、平穏な世界を望むものの
やがて獣本来の暴力性を抑えられなくなり、虐殺に走ることとなる。

三番目の扉は1869年。
この時代、文明の発達により人々は急いた生活を送っていた。
鉄道事業に身を乗り出す資産家の青年は、
金と権力を追うあまり自分の妻をないがしろにしていく。

四番目の扉は1099年。
女中はこれが最後の扉だと告げる。
その時代にいるのは、自らを「呪われている」と告げる青年と、
魔女の烙印を押された白い髪の娘≪ジゼル≫だった。

「あなた」時代と場所を超えた四つの悲劇を目撃する。
これらを物語として終えてしまうのか、あるいはその先を求めるのかは……
「あなた」次第だ。

しかし、どこかの誰かはこう言うだろう。
「他人の悲劇だから耐えてこられたんだよ」



 序盤の展開は、白髪赤目の少女を巡るオムニバス風味のストーリーです。記憶をなくした状態で目を覚ました「あなた」は、自身を旦那様と呼び慕う黒髪の女中に導かれ、古びた洋館の記憶を巡っていきます。ストーリー紹介にあるように、一つ目は仲の良かった兄妹の関係が崩壊する様を、二つ目は一匹の獣が暴走していく様を、三つ目は一組の男女の関係が崩壊していく様を、そして四つ目はそれら全てを引き起こすことになった原因を、それぞれ俯瞰するように眺めることになります。これらのエピソードに一貫して登場するのが黒髪の女中と白髪の少女であり、白髪の少女は全てのエピソードに共通して悲劇的な結末を迎えます。ネタバレすると、一つ目では嫉妬に駆られた妹に毛髪を全て毟られ乞食に、二つ目は獣狩に巻き込まれて殺され、三つ目は発狂した後に失踪します。何故女中と白髪の少女は時代を超えて何度も登場するのか?何故「あなた」には記憶がないのか?この洋館はいったいなんなのか?そして、これらの悲劇は、全てが本当にあったことなのか?女中と洋館は「あなた」に幾つかのキーポイントとなる謎を与えつつ、淡々と悲劇を物語る。そしてついに四つ目の扉では女中から白髪の少女にまつわる過去が伝えられる。そしてあなたは、一つの選択を迫られることとなります。

※以下は多分にネタバレが含まれるため伏字としました。どちらかといえば既プレイの方向けの文章ですので、作品読了後に読まれることをオススメします。

 ……と、こういう書き方をされると、ここで物語は終わりなのかと思わされますが、実のところそれは大きな誤りであり、この作品は、四つ目の扉を終えたところでようやく折り返しといったところです。というのも、四つ目の扉での物語は、物語の中で作り出された「創作」に過ぎず、この時点では全くといっていいほど、真実が語られていないからです。

 四つ目の扉を終えた時、「あなた」は二つの選択を強いられます。すなわち、女中から与えられた物語を受け入れ、白髪の少女「ジゼル」として歩む人生を選ぶか、与えられた物語を受け入れず、本当の自分を取り戻す人生を選ぶか。前者を選べば、この物語は当然に終わります。ですが、後者を選んだその時、「あなた」は真実を知るため、本当の過去を暴いていくことになります。その時、これまで他人事のように語られていたこの物語は、一切他人事ではなくなる。「あなた」はもう、傍観者でいることを許されません。これまでは、あくまでも他人の悲劇でしかなかったこの物語に、「あなた」は当事者として物語に関わっていくことになります。

 ここから本筋。「あなた」は女中から白髪の少女の名前がジゼルであり、今まで物語を眺めてきた「あなた」こそがジゼルだと告げられますが、真相は全く異なります。四つ目の扉で語られた白髪の少女・ジゼルとミシェルの二人の美しい悲劇は、現実には起こっていない出来事です。もちろん、全てが作り物というわけではありませんし、一部真実も語られています。ただ、真実と大きく異なるのは、あの場所にいたのは白髪の少女ではなく、黒髪の女性であったということ、そしてその女性の名前こそがジゼルだった、ということです。わかりにくいので整理しますと、女中は自分こそが館に住み着く魔女モルガーナだと勘違いしていますが、彼女の本当の名前はジゼルであり、本来は四つ目の扉における白髪の少女の立ち位置にいた人物です。そして「あなた」は白髪の少女ではなく、第四の扉に登場したミシェルその人です。ジゼルとミシェルは以前に出会っていたはずなのに、なぜか現在のジゼルは自分が魔女だと思いこんでいます。ミシェルは、何故ジゼルがこうも変わってしまったのかを知るため、過去を思い出すことを望まぬジゼルの手を掴み、共に真実を取り戻していきます。

 ジゼルが自らの殻で覆い隠した傷については実際に読んでもらうこととして、つぶさに語ることは避けますが、第五の扉でミシェルとジゼルの想いが通じ合ったシーンは、作中でも屈指の美しさを誇るシーンだと思ってます。第五の扉まで悲劇的なエピソードが続きましたし、実際ジゼルの過去もミシェルの過去も、到底笑うことのできない暗い代物なのですが、だからこそ、そんな彼らがお互いを理解し、互いの魅力に惹かれながら想いを通じ合ったシーンは、とても印象深いものでした。ミシェルからジゼルへの告白、そしてジゼルからミシェルへの告白が、それぞれ一度ずつ失敗した上で結ばれたからこそ、より感慨深いものになったのだと思います。

「違うんです!あんな、なんか月明かりがきれいだなあーってノリで、さらっと言っちゃうことじゃなかったんです!あんなあっさり言うつもりもなかったんです!だってあれじゃ、わたしがどれくらい想ってるのかとか、全然伝わんない!!なんていうか、こう、気合を入れて!目をしっかり見て!もっと、心臓がすごいことになりながら言わないとだめだったの!」
「な……、なに言ってんだ……?」


 この、感情が爆発してわけがわからなくなっているジゼルと、混乱しきったミシェルの素の反応がお気に入り。

 また、この後に続く、ジゼルの告白を断ってからのシーンも、すごく微笑ましいというかなんというか、相思相愛ってイイなあ……と思わせる魅力がありました。

「なんで驚くんですかっ!」
「……好かれる要素なんで……、ひとつもないと思っていた」
「もう……、その後ろ向きな考え方、ちょっとどうにかしてください!」
「善処します……」
「あはっ……、こんなに幸せなことってないです!ああもう、嬉しすぎて、鼻水出てきそう……!」
「……もう出てる……」





 上記のように、第五の扉では、第四の扉の元となったミシェルとジゼルの出会いの物語を、第六の扉ではその後の話が語られることになります。これらの扉を終えることで、何故ジゼルがあのように変わってしまったのかの経緯がわかります。いかにも物語の真相が語り終えられたように感じ、そこからミシェルと二人で幸せになってめでたしめでたし……となるのかと思されますが、それもまた大間違いです(私はそう思ってました)。実のところ、まだまだこの物語は終わりません。

 ミシェルがジゼルの過去を暴き終えた時、洋館の主である魔女モルガーナは、同時にミシェルの過去も曝け出してしまいます。何故、ミシェルは洋館に幽閉されていたのか。本当にあの容姿だけが問題となり、隔離されていたのか。何か、ほかの真実があったのではないか。ミシェルがジゼルにも隠し通した真実。それは、ミシェルが精神的には男ではあるものの、肉体的には女性だった、というもの。続く第七の扉では、ミシェルが家族からは監禁生活を強いられ、兄嫁からは虐待を受け、その果てに洋館へと幽閉された、というショッキングな事実が判明します。

 ここでようやく、ミシェルがジゼルに対して煮え切らない態度を取った理由がわかります。あれは、自分に自信がなかったから、というような次元の話ではなく、自分が男ではなく、女であることを隠してジゼルと生活していたから、容易には気持ちを告げられなかったのです。そして、ジゼルに自分の想いを告白することができても、自分の真実を告白することは最後まで出来なかった。たとえミシェルが自分は男であると思っていても、他人がその事実を容易に認めるはずがないことを身を持って知っていたから、そしてまた大切な人に拒絶されるのが怖かったから。だからミシェルはジゼルの過去を求めながら、自分の過去を隠しましたが、しかしモルガーナはそれを許さず、ミシェルの過去を衆目に晒してしまいます。
 


 ここで少し横道に逸れた話を。私はこの作品を途中までメタフィクションになるのかと思っていました。女中の「あなた」という語りかけは、読者である私に向かって間接的に投げかけられている言葉で、最後の結びもそういう終わりになるのではないかと。絵画の「他人の悲劇だから耐えてこられたんだよ」という台詞は、傍観者である読者を弾劾するもので、最後はこの夢から目が覚めて、館の外に出て、現実を生きる展開になるのではないかと想像していました。作品が終わったら外を見て歩き出そうという、moonのようなメッセージになるのではないか、と。

 読み終わった感触として、盛り込まれた内容にそういう意図が全くないとは言い切れません。実際、「あなた」である主人公が、ミシェルとしての自己を取り戻すシナリオ構成には、「画面の前のあなた」の存在が多分に含まされているのではないかと思います。なので、メタ要素がゼロであるとは言いません。しかし、あくまでもメタシナリオとしての構造は作品の一要素に過ぎず、私はこの作品にはもっと強い指向性が――いうなれば、プレイヤーそのものに働きかけようとする意思があるのではないかと感じました。「他人の悲劇なら耐えられるかもしれないが、それがもし自分の悲劇だった時、あなたはその痛みに耐えられるのか」。作中で似た文言が幾度か繰り返されることからもわかるとおり、これがこの作品の肝だと思います。ミシェルが感じている苦痛を、まるで自分のことであるように揺さぶりをかけ、この物語が他人事ではないことを深く印象付けさせる。それにより、プレイヤーのリアルそのものに訴えかけようとしたのではないか、と推測しています。

 創作物において、上から偉そうに説教臭いことを言う主人公というのは数知れないほど存在します。特にミステリの探偵役にありがちです。彼らは他人事であるが故に、被害者や加害者に、好き勝手なことを述べる。しかしそれは、物語において、客観的な立ち位置にあるからこそ許される行為です。彼らは当事者ではないから、何を言っても許される。しかしこの作品は主人公であるミシェルに、物語と他人事であること――自分の過去を語らずに、他人の過去だけを知ることを認めません。あくまでミシェルも当事者であることを、その全てを差し出すことを求めます。そしてミシェルは、自分の弱さと脆さの象徴である自らの過去を曝け出されたとき、一度はそのことに耐え切れず、折れてしまいます。

なんでも……、耐えられたんだ。
たとえ腕を切り落とされようとも、顔を抉られようとも……。
どんな痛みでも、耐えられた。
……君のためなら……、耐えられたんだ。
……けれど……
……それだけは……
その真実と、拒絶の言葉だけは――
他でもない君に、言われることだけは――
耐えられない……。
その言葉は――
私の存在を、葬り去ってしまう……。
君にだけは……
言われたくなかった……。


 この瞬間にミシェルが感じた絶望感は、そのまま私に突き刺さりました。なぜなら、二人の想いが通じ合った瞬間は、私にとってもこの上なく美しいシーンだったのだから。それを否定された時のショックは計り知れないものがありました。
 失意に沈むミシェルへと追い討ちをかけるように、モルガーナは続けます。ミシェルは自己を取り戻すべきではなかったと。物語の冒頭のまま、自分を失ったままでいたのなら、こんなにも辛い過去を見つめ直さずに済んだのにと。

 このように、第七の扉ではミシェルの抱えていた真実――その陰惨な過去が明らかになり、結果としてミシェルを追い込んでいきます。それと重なるように、私の気分もどんどん鬱々となっていたのですが、ここで一つ、救いとなる点も描写されます。それは、ミシェルが家族からあれほどの酷い仕打ちを受けてなお、家族を呪おうとはしなかったところです。

「分かっている……、私の思う約束の重みと――彼らの思う約束の重みが、同等でないことなんて!……そんなことはもう、分かっているんだ……ッ!私だけが必死に願っていることも、私だけが求めていることも……!私が勝手に……信じ過ぎているということも……!」
「分かっていながら、なぜ、駄目なのです?」
「だって……、私は――、憎みたいわけじゃない……!不幸になって欲しいわけじゃなかったんだ……。いいや――、むしろ……、幸せになって欲しいと……」
「その幸せの輪の中に、あなたはいない。それはあなたの犠牲の上に成り立つ幸福でしょう。ならば彼らを不幸にし、あなたが安らげる場所を作っても良いはずです」
「彼らを呪ったところで私は安らかになどならない!」


 弟だと言ってくれた次兄には妹としての肖像画を送られ、信じていた長兄には悪魔の子だと告げられた上に磔にされ、母には私の子ではないと言われたあげく死体に火をかけられる。それでもミシェルは、家族への呪詛は望まなかったし、最後までモルガーナからの誘惑を最後まで退けた。驚嘆すべき精神だと思います。

 第七の扉の最後のシーンは、作中でも特にロマンチックなシーンであり、流れてるBGMの相乗効果もあって、一番好きなシーンでもあります。

今度こそ、ためらわない。今度こそ、すべての迷いを断ち切って……
自分の弱さを恐れずに――前を向く。
彼女が信じてくれた、自分を……私自身も、信じるのだ。
もう……、自分自身の呪縛に囚われるのは終わりだ。
私のなすべきことのために――、これ以上は、目をそむけない。



 どれだけの苦痛と絶望を与えられたとしても、その人を憎まずに祝福する。ミシェルは、その綺麗事を苦悩や懊悩の果てに実践してしまいました。そしてジゼルとも分かり合い、見事にその壁を乗り越えてしまった。彼の主観に付き合ってきて、その弱さも脆さもずるさも、ミシェルが持つ人間らしさを丸ごと見てきた上で出された答えだからこそ価値があり、あくまでもミシェルが散々傷ついた果てに導き出した答えだからこそ説得力があります。

 私はこの段階で十分に驚かされ、感銘を受けましたし、実際にここで魔女ファタモルガーナを倒してハッピーエンド、みたいな展開になっていても評価していたと思いますが、しかしこの作品の真骨頂はこの後、ミシェルが自分の弱さと脆さから目を背けずに、真っ向から向かい合った後に始まる最終章、モルガーナと彼女に囚われた三人の罪人を救済するストーリーにあると思います。自分たちが救われるだけでなく、他人を掬うために行動するミシェルは、まさしく天使さながらの姿でした。

 詳細な内容は実際に読んでもらうとして(またそれか……)、最終章の包括的な感想を書きます。最終章に関しては、記憶を元に再構築された、作中では一切起こり得なかった一種のifストーリーとなっています。最終的に、生前のモルガーナに救済を与えることが出来たとはいえ、あれはあくまでも仮想の出来事であり、現実は何も変わっていません。現実のモルガーナは非業の死を遂げていますし、メルと獣の男とヤコポが犯した非道がなくなったわけでもないし、ましてや完全に許されるわけもない。ですから、冷たく言ってしまえば、ミシェルがやったことは、作中の現実に影響を与えることは出来ていません。

 しかし、だからといってミシェルの懸命な行動が全て無価値だったのかと言われれば、それはNOであると反論します。ミシェルのやったことは架空の出来事だから意味がないというロジックが通用するのであれば、私が作品から得ているフィードバックもまた無価値であるという理屈が通用しかねないからです。当たり前ですが、この作品の出来事は全てフィクションです。当然作中の登場人物は存在しないし、この物語も全て作られたもの。ですが、空想の出来事だから、この作品は現実の私たちに影響を与えられないのかといえば、そんなことはありません。たとえ空想上の出来事であろうとも、必死だったミシェルの姿は私の心を打ちました。そのことに対して、空想であるかどうかは、全く関係ありません。それは、たとえ現実に起こり得なかった出来事だとしても、ミシェルの姿を見て心を動かされたモルガーナと同じです。だから、個人的には、最後のシーンが事実だろうと架空の出来事だろうと、どちらでも構いません。むしろ、架空の出来事であろうとも、誰かに影響を与えることができるという展開であったほうが、物語の持つ力そのものを感じられて、結果としてよかったのではないか、と考えられます。

 最終章の台詞はどれも印象的なものばかりで、ミシェルたちが残した言葉は、時間が経っても頭に残り続けています。なし崩し的に巻き込まれたことで後には引けなくなったメル、自分の欲望や願望を押し殺して生きることを誓った獣の男、何かのきっかけがなければ行動できなかったヤコポ。特に、終盤でのミシェルとヤコポのやり取りは、何かと現実の判断を先送りにしがちな自分に強く残りました。







 最後になりますが、独特なBGMが素晴らしく魅力的なことも忘れずに書いておきます。長閑で牧場的な曲があり、陽気で楽しげな曲があり、神秘的で荘厳な曲があり、重苦しくもの悲しげな曲があり、柔らかく優しげな曲があります。一つ目の扉でのBGMは民謡好きにはたまらないでしょうし、二つ目の扉でのBGMはエキゾチックな雰囲気が好きな人にマッチすると思いますし、三つ目の扉でのBGMが妙にジャジーでお洒落なのが特徴的です。どれもいい曲ばかりなので、お気に入りを挙げるとなると選択に困りますが、特に気に入ったのは、Luciole、Cicio、More the time、Desolate、They are crying、He called Hex、Giselle、等々……うーん、やっぱり書き切れません。とにかく、CicioとGiselleはとても気に入りました。眠る前によく聴いています。祝福するような歌声が、精神安定剤みたいになっていました。サントラも当然購入済みです。お値段は68曲入りで1,500円(2枚組み!)と激安。あんまりにも安すぎます。倍の値段でも全く不満はなかったのですが……。きちんと黒字になっているのか、逆に不安になりました。


 以上、長くなりましたが、この辺で終わりにしておきたいと思います。2013年に読んだ作品の中では文句なしで殿堂入りの作品です。シナリオと心中したキャラゲー、と言ってしまうと語弊がありそうですが、読み終わった感覚としてはそんな感じ。綿密に練られたシナリオ構造とは別に、それぞれのキャラクターの個性がきっちりと掘り下げられていて、しかもそれがそっくりそのままシナリオテーマと直結しているという、とても理想的な構造になっています。

 テーマ性と密接に絡まりあっているミステリ要素も存分に私を騙くらかしてくれました。白髪の少女の正体についてはころころと騙され、まさしく作者の手玉だったと思います。最初は謎だったパッケージも、終わってみれば納得の代物。最初の「このパッケージはいったい誰を示しているのだろう」という疑問に対し、途中で「主人公とヒロインに魔女が手を伸ばしているのか」と思わせておいて、最後には「ヒロイン二人にミシェルが手を差し伸べているものだったのか!」とわからせてくれる、とても気持ちのいいトリックでした。
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