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悪と仮面のルール

 芥川賞受賞作家である中村文則の新作で、通算9作目の作品。過去の作品からして、暗く救いのない話ばかり書く作家でしたが、前作掏摸で少し違う方向性を示しました。だいたい1年程度の時間を空けて発表された今作では、いつもどおり暗い設定で救われない展開をなぞりながらも、終わり方にはそこそこ前向きさがあり、さらにこれまでとは違った方向性で私を驚かせてくれました。著者の作品はその救われなさから、なかなか他人に勧めづらいものがありましたが、今作は過去の作品と比べてみてもバランス的に優れており、初めて著者に触れる人でも、少しはオススメしやすい作品になっているのではないかと思います。

 以下作品全体の感想となります。全体的にネタバレを含みますので、読む人はご注意ください。

 最初に私見を書きます。私の中での中村文則といえば、ある程度理性的に物を考えられながらも、『暗い』『陰鬱』『救いがない』といったキーワードに惹かれ、バッドエンドで物語が閉じることに歪んだ悦びを感じ、安心感を覚える人にオススメできる作家でした(おかげで今まで一度も人に勧めたことがありません)。作品はとにかく暗い話ばかり。読後には必ずといっていいほどに虚無感と無力感が付きまとい、救われない気分にさせてくれる(そしてそれが逆に救いを感じさせてくれる)。読むたびに憂鬱な気分にさせてくれるので、彼の作品は長くネガティバーのため(というか、私のため)の愛読書でした。

 そんな著者の作品ですが、今作では少し方向性が異なっています。異なる部分とは、ネガティブの代名詞だったころとは違って、今作の主人公にはかすかに救いが見え、この先立ち直ることができる可能性が示唆されているというころです。もちろん、それは完全なハッピーエンドというわけではなく、どこかしら救われない話であり、相変わらず主人公は病んでて、設定・内容ともに重苦しい作品であることには変わりないのですが、私としてはそれだけでも十分前向きになっていると思いました。救済という要素があること自体驚きました。著者についてはあまりにも救われないばかり書いているので、最後の命を書いたあたりで、もう死んでしまうか新作を書けなくなるかどちらかだろうと思っていたくらいですし(最後の命はタイトルからして遺書のように感じました)、まさかこういうポジティブさを含んだ作品を書けるようになるとは思ってもいませんでした。とてもいい意味で、変わったのかもしれないなと思いました。銃と遮光で衝撃を受けた身としては少しさびしくもありましたが、うれしい驚きでした。

 作品の内容についてですが、今作はタイトルにもある『悪』と『愛』についての話です。『悪』については前作の掏摸でも若干触れられていましたが、今作ではそれを引き継いでメインテーマのひとつとなっています。以下は作品のあらすじです。

 『邪』の家系に生まれた主人公は、実の父から世界を不幸にする存在となるようにと『呪い(のようなもの)』をかけられてしまいます(ファンタジー的な意味ではないです)。少年だったころの主人公は、香織という少女と愛し合う関係にありましたが、その呪いのせいで二人の関係も崩れ去ってしまう。香織は主人公と別れてから新しい人生を歩み始めますが、主人公はいつまでたっても香織のことを忘れることができず、離れ離れになっても幸せを願い続けていた。その幸せを願う気持ちはとても歪です。他人の幸福を祈る気持ちは素晴らしいものだと思いますが、そのためにあっさりと人を傷つける姿は異常。主人公はそいつが香織を傷つける男だという理由だけで、平気で家に火をつけます。主人公は自分のことにまったく興味を持っておらず、彼には自分が幸せになろうという意識がありません。香織に依存しきっています。その後も主人公は自分の人生に何の価値も見出せぬまま人生を送ります。やがては顔を整形し他人に成りすましながら生きることにし、簡単に自分の全てを捨ててしまう。そして主人公は、他人として香織の身辺を調べ、彼女を幸福にすることだけを考えて行動することになります。

 今まで中村文則という作家の作品は、基本的に同じことの繰り返しでした。読者としても再認識の繰り返しが多く、あまり新しい発見を得られることがなかった。なので、必然的にあまり長文を書く必要を感じませんでした。これはネタバレになりますが、これまでの著者の作品の主人公はそのことごとくが救われません。概ね死にます。ついでにいうと女性関係が上手くいきません。振られるか、何らかの原因で関係が終わるか、そもそも主人公がその女性関係になんら未練を感じていないか、そのどれかです。主人公が『幸せ』になることがあまりに少なかった。むしろ、幸せになったことなんてなかったかもしれない。

 しかし、今作は違う。虚無しかなかった過去作品とは違い、救済がありました。偶然バーで出会った女性とのつながりとふれあい。それによる癒し。それは決して絶対の救いではないですが、生き方次第で彼は『幸せになれるのでは』と想像するには十分なものでした。間違いなく、今までの中村文則作品にはなかった要素です。

 以下は作中からの抜粋です。

「でも、苦しくても死んだら駄目だよ」

「実際にどういうことだったか、詳しくは私にはわからないけど……、あなたは回復しなきゃいけない」
 「……回復?」
 「そうだよ、今ここに、こうして生きてるんだからね」



 主人公が女性に過去と心情を告白するシーン。ここで既にポジティブな要素があり、読んでて驚きました。

 (一人で外国に行こうとした主人公に対して)「一人で遠くに行くの辛いじゃん。……ていうか、どこかに行くなら、連絡しろとも思ったんだけどね」
(中略)
「でも、あなたはここにいるでしょう?」

「それで、生きていくんでしょう?」

 

 主人公が日本でのごたごたにケリをつけて外国に行こうとしたところで、あの女性に空港で待ち伏せされていた、というシーンです。とても感動的なシーンで、特に衝撃を受けたお気に入りのシーンではありますが、それ故に指摘しておかなければならないことがあります。

 それは、このシーンにはある種のご都合主義がたくさん含まれていて、論理的な必然だとは言いがたいということです。私見ですが、多くの人はそう簡単に他人に対してやさしく出来ないものです。それが好きな人でも、家族でも。それがあまり深い付き合いのない人であればなおさら。だというのに、偶然出会っただけの男にここまで親身になれるものでしょうか。それはとても難しいことじゃないかと思います(私がそう思ってるだけだと思われても結構です)。幸せになるということは難しく、だからこそ作中で幸せになることが尊いわけで、こうもあっさりやられると少し懐疑的な気分になってしまう。

 ですが、この作品を書いたのは、何を隠そう中村文則です。今まで作者は救われない話を書き続けてきました。そこでは愛というものに対して懐疑的で、他者から与えられる救いを信じていませんでした。(作品のすべてを覚えているわけではないですが)最後はみんな一人だった。その作者が、最後に男女が寄り添う姿を書いた。だからこそこのシーンには重みがあります。今まで作者は救われない話を書いていたのか、それとも救われる話が書けなかったのか。本当のところはわかりませんが、私は作者がこういうシーンを、論理を伴わず書いたことに対して、逆に強く好感を覚えました。

 「あなたは、これからどうするのですか?」と問いかけられて、主人公が「……生きていきます」と答えるシーンが、本当に好きです。


 以上です。決して万人向けするタイプの作家ではなく、特に明るい作風が好きな人には向かない作品です。逆に、ハマる人にはかなりハマるタイプの作家ですので、小説にある程度の救われなさややるせなさを求めている人には大いにオススメしたい。たまにちょっといつもとは違った本を読みたい人は、ぜひ読んでみてください。
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